日本100名城・続100名城

今しか見れない!27年ぶりに出現!坂本城(滋賀県大津市)の石垣を見にいってみた!

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やまさん

埼玉県在住の31歳。道の駅やお城などをはじめとするコロナ禍で疲弊した観光業・地方飲食業の活性化を目指しブログ開設。 記事を見ていただいた方に少しでも興味を持って実際に各地に訪れていただくことが目標。

お疲れ様です。

やまさんです。

今回は「日本100名城・続100名城」外ですが、城跡を見に行ってきました!

場所は滋賀県大津市です。

非常にレアな石垣で、次いつ見れるかわからない場所なので、是非記念に見に行ってはいかがでしょうか?

本ブログでは少しでも良さを知ってもらい、実際に足を運んでもらえる事を目的としています。

坂本城とは?

 

坂本城って聞いたことないな・・・なぜ今しか見れないの?

 

まず坂本城は織田信長の命により明智光秀が築いた城だよ!

 

え!?明智光秀が築いたの!?

でもなんで今しか見れないの・・・?

 

琵琶湖に沈んでいるんだ!

ただ現在琵琶湖の水面が下がったことによって、石垣が見れるんだ!

 

それじゃ順番に見てみよう!

坂本城の歴史

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メモ

比叡山の焼き討ちを行った織田信長は、比叡山と湖南・湖西地方をおさえるために、交通の要所である坂本の地に、元亀2年(1571年)に明智光秀に坂本城を築かせました。築城に造詣の深かった光秀は、琵琶湖の湖岸に大天守と小天守をもつ豪壮絢爛な水城を建て、その姿は宣教師フロイスの書に安土城に次ぐ城であったと記されました。
光秀は天正10年(1582年)の本能寺の変で信長を討ちましたが、直後の山崎の戦いにおいて羽柴秀吉に敗れて自刃しました。その翌日、重臣の明智秀満が光秀の一族と共に城に火を放ち自害し、坂本城は焼失しました。その後、丹羽長秀によって坂本城は再建されましたが、秀吉が浅野長政に命じて大津城を築城した天正14年(1586年)頃に廃城になりました。

堅固な石垣造りの伝承の地
坂本は、城の石垣などを作った穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる石工集団の出身地としても知られています。比叡山延暦寺の門前町でもあった坂本で、僧侶の住居として使われていた里坊には穴太衆の石垣が残されています。
自然石を綿密な計算のもと積み上げて作られたその見事な石垣は、白壁の塀や植え込みなどと調和して、落ち着いた雰囲気を漂わせています。

 

見どころ

なんと言っても今しか見ることができない石垣!

多く残っているわけではないですが、非常にロマンがあります。

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琵琶湖から頭を出している石垣こそが今しか見れない貴重な石垣です

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27年ぶりに姿を現した石垣

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少し離れたところに、坂本城跡公園があり明智光秀像がありました!

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当時の坂本城の様子がわかります

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琵琶湖に隣接していて広々とした公園でした

坂本城へのアクセス

電車:JR大津駅から江若バス下阪本下車、徒歩3分

車:湖西道路下阪本ICから5分

 ※無料駐車場あり:坂本城跡公園

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無料駐車場からの道中

琵琶湖に沈んでいる石垣は城跡公園からは見れませんので、移動が必要です。

無料駐車場から右手に道なりに沿って歩いて数分先の看板を目指します。

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看板の裏の細道があるので、奥に進みましょう

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さらに看板が案内がでてきたら左側に開けた場所があるので、そちらがゴールです!

 

 

いかがでしたでしょうか?

普段は琵琶湖に沈んでおり、今しか見れないのはロマンがありますよね!?

次何年後見れるかわからないので、このチャンスの逃さないように!

 

無料駐車場も完備してあるので、是非一度足を運んでみて下さいね!

やまさん

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